堀ちえみさんロングインタビュー 前編

堀ちえみさん
ロングインタビュー 前編

堀ちえみさん_「リウマチと共に生きる」ということ 前編(全3回)

1980年代、トップアイドルとして歌やドラマで活躍した堀ちえみさん。その後もタレント活動、歌手活動を精力的に続けながら、主婦として、母としての生き方にも誠実に向き合い、キャリアを重ねてきました。一方で、その歩みはガンやリウマチなど、襲いかかる病魔との戦いの日々でもありました。そこで「リウマチTea room」は今回、リウマチの当事者である堀さんにロングインタビューを行い、ご自身の病状、仕事のこと、家族のことなど、リウマチに関わるさまざまな事柄についてお話をうかがいました。

堀さんがリウマチに関する異変に気付いたのは、どんなことからだったのですか?

リウマチと診断されたのは2016年なのですが、その数年前から「身体がダルいな」「ちょっと熱っぽいな」「身体がところどころ痛むな」「肩凝りがひどいな」といった感覚が続いていたんです。あと、日によって足首に少し腫れが出たりして、靴が当たったりすると「痛い!」と感じたり。

ただ、10代のころから人目に触れて、歌ったりする仕事をしていたものですから、いま挙げたような症状に慣れっこになっていたんですよね。

私の仕事は、緊張感や長時間の拘束、不規則な生活リズムが付きもの。だから、無意識のうちに身体に変な力をかけてしまったりする。ステージで歌うのも全身運動ですし。仕事が終わったときに身体のどこかが痛かったり、強い疲労感がドッと押し寄せてきたりすることなどは日常茶飯事でした。肩凝りなんて、高校生のころからありましたから(笑)。

そんな生活を続けていたので、「ちょっと痛いな」「身体中がこわばるな」と思いながら、定期的に整体に通って、しのいでいたんです。

堀ちえみさん インタビュー

リウマチと診断されたきっかけは?

たまたま、身内が膠原病を持っていることがわかったんです。そのことを人間ドックの際、先生に伝えたら「身近な親族に膠原病の方がいた場合は、念のため膠原病関連の数値も調べておくほうがいいですよ」と助言されました。それで、血液の検査項目をオプションで追加してもらったところ、リウマチ因子と炎症反応が示されたんです。

「堀さん、あなたは膠原病のひとつである、リウマチです」と先生に言われて、「えっ、リウマチ?」と。最初は意味がわからなくて。

予想外の結果だった。

そうですね。リウマチと聞いても「おばあちゃんがかかる病気かな?」くらいのイメージしか持っていなかったもので。自分の生活のなかでは、温泉の効能表示とかで「婦人病・神経痛・リウマチ……」なんて見かける程度。ご高齢の方が動いたりしたときに痛がる、くらいの印象しかなかったから、他人に言いづらいなと。そのときは正直「認めたくない」と思いました。

でも、先生が説明してくれるリウマチの症状が、ほとんど私に当てはまっていて。たとえば、ずっと37.1度くらいの微熱が続いていたのですが、私はポジティブに捉えて「身体がポカポカしているのも悪くない」「体温が高いほうが免疫力も上がるっていうし」なんて考えていました。でも、先生からは「それもリウマチの症状だと思います」と指摘されて、「あ、そうなんだ」と。

全身が妙に凝りがちだとか、疲れがたまると節々に痛みが出るとか、朝、目覚めたときに身体がダルかったり、こわばったりするといった兆候も、「年齢のせいかな」で済ませていました。とくに女性は40代に入れば更年期を迎えますから、それらの兆候を「あぁ、私もそういうお年頃なのかなぁ」と、更年期に関わる症状だと勝手に思い込んでいたんです。

リウマチを発症することが多い年代と、更年期障害が起こり始める年代って被っているから、どうしても見過ごされがちなんだと思います。

年をとると眠りが浅くなって疲れがなかなか抜けない、といった話もありますからね。

ええ。「もう年だからなぁ」と考えて、つい放置してしまう。ただ私の場合、以前は寝起きが悪くなかったのに、朝、身体がダルくてなかなか起きられなくなって。とにかく、寝ても寝てもダルいんです。これは少し「変だな」と思っていました。

でも、ダルさとか、凝りとか、痛みとか、まるで風邪の初期症状みたいじゃないですか。あと、天候とか気温によっても症状が変わってくるし。リウマチに関する知識がないと「年のせいかな」「風邪かな」「身体が冷えたのかな」「ここのところ雨続きで、ちょっと気分が沈みがちだったし、運動不足だったかもな」なんて、つい軽く考えてしまう。

もうひとつ、私が特殊だった点を挙げるなら、2015年に突発性大腿骨頭壊死を患って人工股関節を入れる手術を受けたことですね。難病指定を受けている病気なのですが、この痛みがとにかくひどかった。そのせいで、リウマチの痛みまで気が回らなかったんです。手術を受けて股関節の痛みからは解放されましたが、「あれ?まだ変な痛みが全身にあるな」とは思っていました。これが後に、リウマチ由来の痛みだったとわかるんですけどね。

さらに付け加えてしまうと、リウマチのお薬を飲み始めてある程度痛みが解消されたのに、それでもまだ残った痛みがあって、なんだろうと調べてもらったら、今度は神経障害性疼痛を発症していることもわかりました。

一難去ってまた一難ですね。

はい。痛みの上に痛みが重なって、さらに痛みが重なって……という感じで。もう、身体中がわけのわからない状態で、とにかく、ずっと痛い。それでも「肩凝りかな」などと考えて、誤魔化していたんですよね。

堀ちえみさん インタビュー

では、リウマチとわかったとき、ご家族の様子は?

率直に言うと、子どもたちの反応は薄めだったかもしれません。「そう……」と(苦笑)。たぶん「よく知らない病気だな」と思ったのでしょう。それよりも、2019年1月に私がガン(舌ガン。リンパ節にも転移)だと診断されたときのほうが、家族の衝撃は大きかったです。

とはいえ、リウマチも放っておくと大変な病気です。私は幸いにも、比較的早期に発見できたので、骨の変形もほとんど起きていないし、服薬で進行を抑えて、症状を緩和することもできています。それでも、日によっては日常生活に支障をきたすくらいの痛みを感じることがある。少しでも早く治療を始めないと知らぬ間に進行してしまい、身体のあちこちに陰湿な痛みを生じさせる可能性もありますからね。

陰湿、ですか。

はい。身体の芯というか、骨の奧のほうから痛む感覚です。あと、手首や肘、肩、膝など節々も痛む。関節から変な音がしますし。

どんな音でしょう?

う~ん……鶏肉の軟骨を噛んだとき、「コリコリッ」みたいな音とか感触がしますよね。あれが自分の骨と骨の間で起こる感じです。鈍くて、嫌な音です。

いまこの瞬間でいえば、左足の甲のあたりが痛い。見た目にはわからないけど、レントゲンで映すと少し変形しているのがわかるそうです。あと、左足の親指の付け根あたりにも違和感がありますね。いま動かしたら、コリッと変な音がしました。さっき、ドアをノックするために中指でトントンと叩いたときも、第二関節が痛かった。

こうした症状が、タイミングや天候によって刻々と変わってくる。痛む場所や痛みの程度も変化します。軽くノックするくらいで「痛いっ!」と声が出てしまうこともあれば、案外平気なこともある。だからもう、うまく付き合っていくしかない病気だと思っています。

痛いこともあるけど、それはそれとして自分なりに対応していくと。

そうですね。私は、自分がガンだとわかったとき、「徹底的に戦おう」「絶対に打ち勝ってやる」という意気込みでガンと向き合いました。でも、リウマチはちょっとニュアンスが違うんです。愛おしい……というと少し奇妙ですけど「これも自分の身体の個性」と捉えて、根気強く付き合っていくしかない、みたいな感覚でしょうか。“敵対”ではなく“共存”なんですよね。

もちろん、そんな悠長に構えていられない日もあります。骨の内側を叩かれているような、関節を削られるような、強い痛みを感じることもある。それで動悸がしたり、疲れ切ってしまったり、イライラしたりする場面も少なくありません。そういうときは無理をせず、痛み止めを飲んで、ベッドに横になったりして身体を休める。そうしたことを重ねていくなかで、自分なりにリウマチとの付き合い方を見つけていくしかない。私はそう考えています。

リウマチって、即、命に関わるような病気ではありません。でも、痛みやダルさといったリウマチの症状のせいで生活に支障が出ることなどがストレスになり、肉体的にも精神的にも疲れ切ってしまうことがあります。それで、ますますリウマチの症状が悪化したり、他の病気を誘発したりする可能性があるそうです。その意味でも、やはりリウマチとは上手に付き合っていく姿勢が大事なんだと思います。

昔は、リウマチの研究が進んでおらず、診断も難しいケースがあったようです。薬の開発もいまほど進んでいなかったので、よくわからないまま全身の痛みに耐え続け、そのストレスで他の病気を併発してしまう患者さんもいたとか。

でもいまは、世界的にリウマチ研究が進んで、よい治療薬も開発されています。完治するような病気ではまだないけど、対応できることはいろいろある。そう考えると、私はこの時代に生まれてラッキーだったなと思っているんです。

※本記事では患者様の体験談として、関節リウマチの症状を含め記載しておりますが、これらの症状をもって確実に関節リウマチであると判断するものではありません。気になる症状があれば、早めに専門医に相談しましょう。

【プロフィール】
堀ちえみ

堀ちえみさん

1967年2月15日生まれ。
大阪府堺市出身。

1981年に行われた「第6回ホリプロスカウトキャラバン」に優勝し、芸能界入り。1982年3月「潮風の少女」で歌手デビュー。1984年に出演したテレビドラマ「スチュワーデス物語」が大ヒットし、トップアイドルの一人として歌やドラマで活躍する。現在、7児の母。近年はテレビ出演のほか、教育や食育に関するトークショー、音楽活動など幅広い領域で活動を展開。家庭と仕事を両立しながら、多忙な毎日を送っている。